きみのためなら、道化師にだってなるよって、そういうはなし

Let me do as he likes.




手をひかれて通されたのは、ミクの部屋。

メイコはミクと付き合ってたんじゃないの…?
そりゃ、たしかにルカの首筋にはキスマークが絶えることは無かったけど…
けど…!
…メイコはルカと付き合ってるの?

ミクは…?

まとめきれない思考が、ぐるぐると脳内を巡って、分かりもしない疑問を垂れ流す。 新しい疑問が湧くたびに、矛盾した思考が浮かび、初めの疑問を片っ端から忘れていく。


家に足を踏み入れたとき、嫌な予感はしていた。
これ以上先に進んではいけない、そう言われているような…
違う、これはあのときと同じだ。
あたしが、メイコの頬を叩いたあの夜、彼女が纏っていた空気。

冷房が効いているはずなのに、額から流れる汗がとまらない。

台所に逃げ込んできたミクは、傷ついた目の色を隠すこともしなかった。
誰にも見せないその色に、信用されてるんじゃないかって一瞬勘違いする。
ミクを笑わせてあげようなんて、思ったわけじゃない。
頭によぎった勘違いを、振り払うため…リビングの二人に聞こえるようにバカみたいに笑った。

無理に笑おうとしてるけど、笑えてないよミク姉…

メイコとなにかあったの、なんてあたしには聞けなかった。
もし、聞いてしまったら…もし、肯定されてしまったら、それこそ二人の関係性を認めてしまうようで…
そんな大きな波、耐えきれるはずもないこと…自分が一番知ってる。

メイコに耳打ちしたミクは、ちゃんと笑顔だった。
もっと、ずっと器用な人だと思っていた。
寂しそうな笑顔で、メイコから体をはなした彼女は、ただの…
ただの、恋する女の子だった。


「あたしね、モノが捨てられないんだ」

ベッドに腰掛けたミクが唐突にそう言った。
もう、何一つ分からない。
まるで、あたし一人蚊帳の外。

「部屋のものも、昔のものも、自分の気持ちも…関係も…」
自分からは何一つ捨てられない。

小さく呟く彼女は、ただ一点を見つめるばかり。
今、彼女が話しているのは何のこと?
メイコとミクは、付き合ってるんじゃなかったの?

ミクは…メイコが好きなの?

「あたしは…」
閉じてしまいそうな喉を理やりこじ開けて、必死に声を絞り出す。
とりあえず、何か言わなければいけない。
彼女に、喋らせたらいけない。

ミクは、メイコへの想いを口にしたら、きっと壊れてしまう。
直感。
なんの証拠も、確証もない。
ないけど…駄目だって。
好きじゃなかったら…

好きじゃなかったら、二人のキスシーンを見て…あんな顔出来ないもの…

「あたしは…!」
ひねり出そうとした言葉は、本人を前にしただけで足踏みをする。

あたしは、ミク姉が好きだよ…

気付いたら、ミクの目はまっすぐこちらに向けられていた。
あぁ、この人が好きだ。

「ねぇ…あたしのこと好き?」

ごくっと、唾を飲む音だけが、耳の中で響いた。

「付き合ってあげようか…?」
「…え?」
やっと出てきた言葉は、あまりにも間が抜けていた。

「ねぇ、あたしのこと落としてみせてよ」

随分と格好いいこと言ってるくせに、翡翠色に鈍く輝く色は寂しさ以外のなにものでもない。

―――…リンちゃんに…夢中にさせて…

あたしに、どうしろっていうんだ…
あぁ…もう、どうでもいい。
もう…何でもいいいや…

私だって、ほんの一時くらい甘い夢をみたっていいじゃないか…


「ん…やぁ…あっ!」
キスマークの一つや二つ、覚悟していたのに…
あっけないくらい、彼女の肌はまっさらだった。

気付いたら仰向けで、上にミクがいて。
彼女が私に触れるたび、たまらない気持になる。
息が、苦しくなる。

こんなんじゃ、いくつ心臓があっても足りない。
だから…
ぐっと腕を引いて彼女の体をひっくり返した。
驚くほどあっさりとベッドに沈む体。
驚いた顔をした彼女は、すぐに微笑んで目を閉じた。

雪のようだとか、使い古された言葉があまりにも陳腐で…
目がくらむほど、彼女は綺麗だった。

「…っ、リン…ぁ」
名を呼ばれただけで、私の体は熱くなる。
ぬくもりを求めて、手をつなげば強く握り返してくれる。
口づければ、深く深く、抜け出すことが…嫌になる。

甘い。
彼女の肌も、彼女の声も、彼女の口内も…
彼女の全てが甘かった。

まるで、恋人みたいだ…
いずれ壊れてしまうことなんて承知の上。
いまだけは、恋人のフリをしていたかった。

私は…私はピエロでいい。
貴女が笑ってくれるなら、それで…



ミィーンミィーンと、外で騒ぐセミの声に、遠くで響く祭りの音。
花火…終わっちゃったんだ…

終わりに向かう祭りの音に耳を傾けながら、そっと彼女の白い肌に足音を残した。






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