考えることを放棄したルカのはなし

Let me do as he likes.




優しさなんて欠片もない。
欠片のカの字だって存在しない。

奈落の底のように、ベッドに沈められたら終わり。
次の日腰が立たないなんて珍しいことじゃない。

私ってこんな女だったんだって、彼女に抱かれるたびに思う。
新しい自分の発見?
バカバカしい…
知らなかった自分に気づかされて、勝手に辟易してるだけ。

あぁ、なんでこんなことになったんだろう。
こんなことなら、私、ミクを好きになればよかったなぁ。
それもそれで、泥沼か…

―――…メイコのこと好きなの?
―――…好き…じゃないと思う

好きでは、ない。
じゃぁ、何なんだと問われれば、答えに詰まる。
メイコは自分勝手だけど、私だって充分自分勝手だ。
自己中は薬じゃ直らないんだから。

自分で恋を放棄したくせに、近くにいればドキドキするし、同じ部屋にいれば、目の端にその姿をキープしてる。
ミクと一緒にキラキラ笑ってるのを見つけては、ぐーんって上がってどーんって落ちる。
どーんって落ちては、またメイコに引き上げてもらう。
甘ったれな自分が心底嫌になる。

いままでも、これからも、同じ屋根の下で暮らしていかなければならない。
円滑に共同生活を送るためにも、仲良くしなければならないのは、全員一致の意見。
話し合いなんかしてないけど、みんな女の子だもの。
黙っていたって、その辺は暗黙の了解。

誰が誰を嫌いっていうわけじゃない。
ただ単に、誰が誰を好きって、そういう話。

ミクにね…避けられてるんだと思ってた。
今だって…

メイコに言われてはじめて知った。

―――…避けてるんじゃなくて、線を引いてるんだと思うよ、あれは

ミクの話なんて、これっぽっちもしてないのに…

メイコとミクは、私たちの中で一番深い仲だと思ってた。
メイコのことを一番わかってるのはミクだし、ミクのことを一番わかってるのはメイコだって。

でも、二人がどういう絆で結ばれてるのか分からなかった。
親友?姉妹?恋人?
それが分からなかったから、私に対するメイコの態度が掴めなかった。
愛されてるんじゃないかなんて、勘違いしそうになるくらい。

今だって、それが分からないから苦しんでる。
痛いくらい乱暴に抱かれても逃げられないのは、もしかして、彼女に愛されてるのは私かもしれないなんて、心のどこかで思ってるから。

メイコの目は、私を見てるようで別の誰かを見てるんじゃないだろうかなんて…
まるで、私がメイコに恋をしたみたい。
でも、好きじゃない。
私が好きなのはリンで、息苦しいほどに恋焦がれるのもリンで…

滑稽なくらい、恋愛体質。
今だって本当は、死ぬほどリンが欲しい。
でも、脳裏に浮かぶのは、死ぬほど熱いメイコの唇の感触。

私は、自分で思ってるより良い子じゃないらしい。


しわくちゃになったシーツの上で、乱れた呼吸を整える。
お腹の奥がじんじんと痛い。
内臓が引き出されるんじゃないかってほど、奥をかきまわされた。
そのせいだ、絶対に。

隣でごろんと転がる人も、微かに息を乱している。
酸素が薄い。

どっこいしょっと体の向きを変えると、髪を掻きあげるメイコと目があった。
最中の、獲物を追う鷹のような目は、もう見当たらない。

息を整えて、小さな声でメイコに話しかける。

「メイコ…さん…」
想像したより、喉ががらがらだ。
そんなに声出したっけ、私。

「んー…?」
彼女は一度私に向かって、”ルカはエッチしたあと人が変わる”と言った。
その言葉をそっくりそのまま、貴女にお返しします。

「メイコさんは、ミクと付き合ってたんですか」
「さぁ…ね」

そんなこと聞いてどうするんだろう、私は。
そういえば最近、メイコからミクの香りがしなくなった。

「付き合う、ねぇ……もし、付き合ってたとしたら、振られたのは確実に…私でしょうね」
貴女は、そんな自嘲的な声も出せるんですね、なんて…
言わないけど…そんなこと。

ごそごそと手を伸ばして、掴んだものは煙草。
歌で生計をたてる者として煙草はどうなんだろうと、赤く塗られた爪を見つめる。
つい先ほどまで、その指が私に触れていたのだと思うと、少しだけドキドキした。

「煙草、やめたんじゃ…ないんですか」
「うーん…まぁ…ね。とめる人が、もういないから」

しゅぼっという切れの良いライターの音。
嗅ぎ慣れない煙のにおい。

「たばこ…」
「ミクが…嫌がるからね……あ、ゴメン。ルカ、駄目だった?」
「いえ、大丈夫です」

全然、と続けた声は、尻すぼみになって煙にまぎれた。

―――…喉に悪いからって言ってるのに、全然やめようとしないんだよ!

脳内で再生されたのは、いつぞやのミクの声。
ミクは、本当に煙草が嫌いだったのかな、なんて…
自嘲的なのは、メイコだけじゃないらしい。
ぶらんと、投げ出されたメイコの手に触れる。

ただ触れただけなのに、ぴくっと過剰に反応する長い指。
ぴくっと動いたのは一瞬で、あとは脱力したように、私にいじられるまま。

「手、綺麗ですね」
「私の手、ちっちゃいよ」

言葉と同時に、くっと関節がのばされる。
そう、この関節とか、掌から手首にかける線とか…女性的とでも、言えばいいか…

リンの手は、もっとぷくぷくしてたなとか思って、また自己嫌悪。

「お風呂…行ってきます」

軽やかにベッドから降りたはずなのに、腰に走るズキンとした痛みで座り込みそうになった。
なんだかんだいって、その痛みが不快じゃないことが不快だ。

―――…ルカってさ、エッチすると人が変わるよね。なんて言うか…

セックスした後なんて、誰だってそうじゃないの。
他の人の事後の脳内なんて覗いたことないけど。

―――…なんて言うか…乙女なところが一切なくなる…よね

乙女…ね。
知ってる?
どこかの、お偉い文豪さんが、処女って書いてオトメって読ませたんだよ。
私はとうの昔にオトメは卒業してる。

鏡に映った自分の体は、思ったより白くて…
その肢体に映える、赤い華。

ざぁっとシャワーを浴びながら、この不快感と一緒に私とメイコの関係も、捨てきれないリンへの想いも、全てこの水で流せたらいいのになんて思った。


リンの心が私に向かうことはけしてない。
いつかは、もしかたらなんて、心のどこかで思っていた。
リンは本気だ。
ミクを…本気で……

ため息をつこうと大きく吸った息と、シャワーの水が一緒に鼻に入ってきてむせる。
…馬鹿らしぃ

リンは好きだけど、私とリンが結ばれることなんて絶対にない。
メイコは嫌いじゃないけど…
私は…私には、この先の未来を、メイコと二人で歩む私を想像できなかった。
メイコも私も、幸せな未来なんて想像も創造も出来ない。

私には、情熱で熱く染まるあの人を支えることなんて…出来ない。


ミクと約束していた、あのケーキ屋…まだ行ってない。
いつか…二人で行けたらいい。
その時は、リンやメイコにもお土産を買って帰ろう。

ミクのモンブランも、半分どころか3分の2くらいは食べてやる。

真夜中の風呂場で、消えもしない赤い痕をひたすら泡立てたタオルで擦り続けた。
快楽なんて、恋心なんてなくなればいい。

ふっと鼻で笑ってみた。
…バカバカしい






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