リン視点

かなり、解釈によるおはなし



注意!
ここから先、時間軸がとてもつもなく分かりにくくなります

Let me do as he likes.




あの人はきっと、全部知っていてやってる。
壁が薄いことも。
小さな物音ですら、全て聞こえてくることも。


変わった雰囲気を持った人だと思った。
二つしか年が離れていないなんて思えないくらい、生きている世界が違う人だった。
変な人だけど、とてもカッコいい人だった。
頭を撫でてくれた手がとても、温かかった。

惹かれるのは必然。
視線の先には、いつもミクがいた。
これは憧れじゃない。
ただの憧れなら、抱きしめたいとかキスしたいとか、誰の目にも触れないところに閉じ込めておきたいなんて、思ったりしない。
…思ったり、しない

頭からすっぽりと布団を被る。
昨日、冬用の布団から、夏用の薄いものに替えたばかりのそれは、まだ押入れの匂いが染みついていた。
山吹色に塗られた爪が、ぐっとシーツに食い込む。
抵抗の声すら聞こえてこなかった。


はじめから想いを伝えようなんて思っていなかった。
同じ屋根の下にいられることが幸せだった。


「なんで…なんでよりによってミク姉なのよ…」
当の本人にすら届けることのできない言葉が、温かい布団の中で消えていく。
隣から聞こえてくる物音に、心臓が、心が、きりきりと音を立てる。
胸の痛みに、私の淡い恋が、ほろほろと崩れていく。

メイコなんて嫌いだ。
だらしないくせに、仕事のときだけは本気で。
メイコはすごいねって、ミクの称賛の言葉だって貰える。
それがただの嫉妬にすぎないことは、リンにだってとっくに分かっている。

ミクなんて嫌いだ。
大好きだけど、大嫌いだ。
メイコなんかで、そんなふしだらな声をあげるミクは嫌いだ。

嫌いだ。嫌い。
でも、一番嫌いなのは自分。
ミクのそんな声、聞きたくもないのに…
その声で濡れる、自分の心が一番嫌い。

一体何度、頭の中で、綺麗な彼女を汚してきただろう。
いったい何度、綺麗な彼女を乱してきたのだろう。
いったい何度、彼女で乱されてきたのだろう。


いくら夏用の薄い布団でも、くるまっているのはさずがに暑かった。
汗ばむ全身を、布団のせいにして逃げる。
抑えきれなかった欲求で汚れた右手を見つめる。
溢れかえるのは、抑えきれない罪悪感と、不快感。

気付いた時には、隣は静かになっていた。
布団を足で蹴りあげて体を起こす。
気持ちが悪い。
汗を流したかった。


好きであることに、なんの罪もないのだ。
ただそれに付きまとう欲望が醜く汚かった。
大切な人を汚すことが、許し難かった。

キッチンで喉をうるおしてから、風呂場へ向かう。

あーぁ、やってしまった。

目の前に立つのは、髪から水を滴らせた赤い人。
濡れて色の濃くなった栗色は、リンの知らない大人の色だった。
にやっと笑った笑顔に、全てを見透かされているようだった。
「あら、リンもシャワー?奇遇ね、こんな遅い時間に…」
強調される最後の言葉に、不快感が増していく。

パァンと高く鳴った音と、一瞬驚きで見開かれたメイコの目。
咄嗟にでた右手が、じんじんと熱く、熱を持つ。

叩かれた左頬に触れながらメイコがぽつりと漏らした。
叩かれたことにたいして、他に何の反応もしなかった。

「恨むならルカを恨みなさい」

意味が分からない。
ふと、いつだったかルカの首筋にあった紅い痕を想い出す。
それでもやはり、意味が分からなかった。

去っていく足音に耳を傾けながら、後ろ手にそっと扉を閉める。
風呂場はまだ、前の使用者を思わせる湿気で、むわっと暑かった。

右手に残る鈍い痛みに、不快感と罪悪感。
付きまとうのは後味の悪さばかり。
それでもきっと、朝になれば仲の良い姉妹を演じるのだろう。

欲望も恨みも、何もかも無かったかのようにふるまうのだろう。
ざぁっと耳につく、水の音さえも不快だった。






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