お姉さんは想いなんじゃない?


リン視点

Speak low if you speak love.




言わないって決めた。
アタシも彼女も生物学上女性で、恋は男女間で芽生える感情で、アタシは恋をしていて、相手は彼女で…すなわち、女の子のアタシは通常であったら男の子に恋をするもので…

私が好きになってしまったのは何故か、可愛がってくれている2つ年上のお姉さんなのでした。
もし、これがお兄さんだとしたら、私は気持ちを伝えるでしょう。
芽生えた感情をそのまま、心に閉じ込めるのは苦しいですから。
ですが、私が好きになってしまったのはお兄さんではありません。
異性ですら、ありません。
けれど好きになってしまったのです。

彼女は私を可愛がってくれています。
私のこの、不埒な感情さえなければ良好な関係です。
一つの仮定として、私がお姉さんに気持ちを伝えたとしましょう。
お姉さんは優しい方ですから、面と向かって嫌悪感をむき出しにしたりはしないはずです。
ですが、私もお姉さんも女性…今までどんなに、良好な関係を築いていたとしても、私がお姉さんへの想いを持っていると分かった時点で、関係はぎくしゃくとしたものになってしまうでしょう。

今までどおりの関係、などということは確実にありえないのです…


だから言わない。
ミクと、今までのように笑いあえることが出来なくなるくらいなら、感情を押し殺したほうがましだ。

傍にいたいのだ。ミクの傍に…

なのに、今の情緒のまま彼女に会ったら、勢い余って彼女に想いを伝えてしまいそうで怖い。
抑えられなくなりそうな感情が怖い。
傷ついてもなんでも…いっそのこと彼女の全てを奪ってしまいたくなる…アタシが怖い。

1秒以上目を合わせない。
半径2メートル以上近づかない。
3文以上の長い会話は交わさない。

避けているわけではない。
アタシとミクのための大切な期間なのだ。
アタシの気持ちの冷却期間…

でも…ミクの言葉に短く答え、逃げ去るとき、一瞬だけ見せる寂しそうな表情…

くじけてしまいそうになる…
ごめんね、と…ミク姉が悪いんじゃないよ、と…
全てを投げ出したくなる。

これは、アタシとミクのための大切な時間…


静かに一人、譜読みをすすめる。
扉の開く音。
足音が違う、彼女じゃない、大丈夫。

「へぇ、音だけでミクじゃないって分かるんだ」
「メイ姉…」

扉を閉める音はしたのに、メイコが近づいてくる気配はない。
メイコはアタシのもっている感情が何かに気が付いている。

飄々としていて、何を考えているか分からないこの姉が、はじめて怖いと思った。
彼女が何を言おうとしているのか分からない。

「ねぇ」
「…なに?」
「私とミク、寝たって言ったら驚く?」

ぺらぺらの紙が、するりとアタシの手から滑り落ちていく。

「なに…を」

何を言っているの、この姉は…
振りかえることすら出来ない自分の体が疎ましい。

「同じベッドで眠ったって意味じゃないわよ?」

アタシとレンも、まだガキだけど子供じゃない。
誰と誰が寝た、と言われればその言葉の意味を理解することが出来る。
映像で思いうかべてしまうくらいの、知識はある。

メイコとミク…
メイコの相手はルカじゃないの?
なんで…なんで…

「なんで…ミク姉…なの…?」
「なんでって…ミクがフリーだったから。リンがはやく手出さないから、お先にいただきました、というわけ」

一応、ご報告に…と残してメイコは部屋を出て行った。


ミクが想っているのはマスターかと思っていた。
それとも…想い人はマスターで、メイコとは…
恋愛感情がなくても、そういう行為はできるもの…?

メイコとミク…
アタシが…はやく手を…出さなかったから…?
もし、アタシが想いを伝えていたら…?
もし…

2人が睦みあう様子を想像してしまうのが嫌で、静かな部屋を出る。
どこに行くわけでもない。
足が行きたい方向にすすませる。
そう長くは歩かずに、足は歩みをとめた。

目の前にぶら下がる「Miku」のネームプレート。
駄目だ、開けちゃいけない。
そう思うのに、アタシの手は勝手にドアノブを引いた。




部屋から聞こえてくる妹たちの会話を聞きながら、廊下の暗闇に一人言葉をなげる

「…単純…」






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