ミク視点
Speak low if you speak love.
黄色い残像が目の前をちらちらと飛び回る。
声は怒っているくせに、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
突然やってきた混乱に、頭がついていけないでいる。
追いかけることもできずに、ただぼうっと突っ立ていると、廊下から不穏な音が聞こえてまた静かになった。
「…リン?」
思いのほか近くにいたマスターが、間抜けな声をだしたおかげで我に返った。
右手に持っていた楽譜をマスターに押しつけて部屋を出る。
背後から、さらに間抜けなマスターの声が聞こえた気がしたが、振り向いたら負けだと思ってそのまま扉を閉めた。
音源はすぐに判明した。
数歩先にポツンと転がる変形したごみ箱。
側面に、明らかに蹴られたらしい。
リンの瞳に見えたのは、怒りか悲しみか…
マスターは完全に状況が飲み込めていない様子だったが、しかたあるまい。
足は自然に風呂場へと向かう
今の時間、リンの部屋にはレンがいるだろう。
二人一部屋なのだから当然の事
リビングもきっと誰かしらいるに違いない、ならば残る選択肢は…
以前、レンリンがこの家にやってきてまだ日の浅いころ、リンが癇癪を起して姿を消したことがあった。
各部屋はもちろんのこと、近所の公園や彼女の行きそうな場所を総員で探しまわった。
結局、発見したのはカイト、場所は浴槽の中。
カイトの背中でぐーすか気持ちよさそうに眠っていた。
うっすらと頬に涙の筋を残して。
状況に脳みそが追い付けば、答えは明瞭明確。
案の定、洗面所につながる扉が少しだけ開いていた。
リンに何と声をかけようか考えながらふと、リンもやっぱり女の子だなぁと思った
普段、男の子と一緒に駆け回っているから認識は薄くなりがちだが、やはり彼女だって恋するお年頃なのだろう
身近にいる異性として、まずレンという選択肢はない
カイトもない。断言できる
すると、残りは絞られてくる。
マスターしかいない
おっぱい星人ぎみなところはあるが優しいし、なんといっても先の2人よりは確実に男として魅力的だ。
もし本当にリンがマスターに恋をしているのなら…
ふむふむ…辻褄があう。
私をにらみつける目も、部屋を飛び出しごみ箱を蹴っ飛ばすような態度も、そして何より瞳の奥に見えたあの感情…
あれは怒りでも悲しみでもない
あれは、嫉妬だ。
私がマスターと談笑していることが気に食わなかった、そうすれば全てが分かりやすく収まるではないか。
さすが私、ずば抜けた推理力。
そうかそうか、リンもそんな年になったのか、なんて嬉しさのなかに少しさみしさをまぜてしみじみ思う。
胸に残る、面積は小さいのに、やけに質量だけは嵩張るそのわだかまりは寂しさとまとめて見ないふりを決め込んだ。
部屋を飛び出す時に見たあの瞳の色を思い出しながら、浴室のドアをそっと引く。
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