学生の描写が上手くなりたいと、切実に思う。

ちなみに、メイコとルカの年齢差は四歳、ルカとミクも四歳差
カイトとルカが二歳差で、カイトとメイコも二歳差
ルカメイと見せかけたルカミクのメイ→ルカ

翡翠の君




何度、先輩のように授業をサボろう思ったか…
何度、隣の部屋に押し入ろうと思ったことか…
すごくすごくショックだった。
でも、自ら先輩のもとに行く勇気すら、あたしは持ち合わせていなかった。


テスト期間中は早く帰るって言ってあったのに…
部屋の外まで響く物音が、あたしの話をこれっぽちも聞いていなかった証拠。
壁に寄りかかったままずるずると座り込む。
時折、女の声が父の名を叫ぶ。

不快だ。
父に振り向いてもらえないからと、それだけの理由で暴力を振るうあの女も
風が吹いただけで倒壊しそうな、このぼろいアパートも
せっかく必死で勉強したのに、教科書の問題がそのまま出題された定期テストも
あたしの耳まで届く女の高い声も
ただ…ただ優しいだけの父親も、みんな不快だ。

かんかん、と誰かが階段をあがる音。
もう、何もかも聞きたくなくて耳をふさいだ。
音だけじゃない…あたしのいるこの世界全てを遮断するように…

階段の音はいずれ止まった。
女の声が、さらに高く切羽詰まったものになる。
不快だ。

もう限界だ、別の場所へ移動しよう、どうせこの一回じゃ行為は終わらないはずだ…
そう思って顔を上げようとしたとき。
強く掴まれた腕が痛かった。

人間というのは、あまりにも驚きすぎると思考が停止するらしい。
幽体離脱したように、「あたし今パニクってるなぁ」とか、「お姉さんの手あったかいなぁ」とか、客観的な感想を垂れ流していた。
しばらく実のあることが浮かばないまま、されるがまま耳をふさがれていた。
一つだけ明確だったのは、巡音先輩はやっぱり悪い人じゃなかったということだけ。
「聞かなくていい」


先輩の部屋には、何故か全てのものが2セットずつ揃っていた。
歯ブラシとかマグカップとか…
全部女もの、使われているのは片方だけ。

彼女は自分から何かを語ることはほとんどなかった。
確かに仏頂面。
でも先輩は全然怖い人なんかじゃない。
ただ人より不器用なだけだった。
感情を前に押し出したり、そういうことが人より苦手なだけだった。
本当はすごく優しくて温かい人だった。




カビ臭い…
目隠しの所為で何も見えないのに、数人の人の気配はする。
四人…?
ささやくような男の声。
怖い…

今、自分がどこにいるのかすら分からない。
分からない…怖い…

寒くもないはずなのに、首筋にすーっと汗が流れていった。
身動きを取ろうとするたびに、紐がくいこんで手首が痛い。
そわそわと人が動くたびに埃っぽさとカビ臭さが増していく。

あまりの恐怖に声も出なかった。
真っ白な頭の中に「犯される」という一言が浮かんでは消えた。

迎えに…駅前…自転車…見張り…
そんな単語が聞こえてしばらくした後、数人の足音が遠ざかって行った。
いなくなった…?
静かになった空間で必死に頭を働かせようとする。

考えても考えても答えはでない。
しかし、あの男たちは戻ってくる…そんな予感がした。
誰でもいい、助けを呼ばなくては…犯される…!

痛む手首を我慢してスカートのポケットを探る。
自身の体温で暖まった電子機器。
指先の感覚だけで発信履歴を開く。
誰でも良かった…発信ボタンを押しながら願う。
お願い…出て…助けて…

どれくらいたっただろう。
あまり時間はたっていないように思える。
繋がっているか分からない携帯を握りしめているとだいぶ落ち着いてきた。
遠くのほうからカンカンという階段をあがってくる足音。
僅かな、あまりにも細い頼み綱を親指で、切った。

徐々に近づく足音。
…増えてる…?
足音が大きくなるにつれて、男たちの湿った笑い声も聞こえてきた。
先ほどはパニックで分からなかった。

笑い声を聞いてピンときた。
男たちではない…少年たちだ…
聞き覚えのある声…同じ中学で同じ進学塾。
さらに遡ると、同じ小学校…

いじめの対象にされていたあたしが、その張本人の声を忘れるわけがない。
一瞬、一瞬だけ怒りが恐怖に打ち勝った。
母の事も父の事も…あたしばっかり、なんでこんな目に…

まわりを男たちが囲む気配がした。
額から首筋から…全身から汗が噴き出すのを感じた。
怒りを忘れ、恐怖で体が震え始める。
衝撃を感じたかと思うと、胸から腹にかけて冷気に触れるのが分かった。
悲鳴は声とならない音になった。

聞き覚えのある声が何か言っている。
気持ちが悪い…父親のそれと同じような嫌悪感。
少年の言葉に、周りが笑う。
聞きとれない…怖い…気持ち悪い…
怖い…怖い怖い…怖い…
…巡音先輩っ…!!

ごすっという鈍い音とうぐっという呻くような声。
近くで誰かが倒れこむような音がして、埃がまった。
なにが…起きてるの…?
少年の呻く声に気を取られて、誰かが近くまで迫っていることに気がつかなかった。
生ぬるい息が首にかかる。

今度はちゃんと悲鳴が出た…と思う。
嫌だ、やめて…触らないで…言葉にならないせいで、ただの音になったことには変わりないが。
「させるかボケ」
至近距離で、先ほどより重みのある音が響いた。

「私は、優しいだけで自分では何も決められない男と、女をおもちゃみたいに玩ぶ男が嫌いなの…」
心地よいアルトのきれいな声…
来てくれた…本当に来てくれた…!

「メグリネ…ルカ…だ」

巡音先輩の声…
先輩…先輩っ…!

「それと…そうやって、女の子ひとり手篭めにするのに、集団にならなきゃ出来ないような卑劣な男が一番嫌い」

しばらくした後、体を拘束するものは全てはずされた。
はずされた視線の先にいた巡音先輩は、いつもよりラフで、眉間のしわが深かった。

「ミク…」
「巡音先輩っ…!!」
「大丈夫…もう、大丈夫だから…」
震えるあたしの体を抱きしめて、優しい声でそうつぶやいた。



知らないうちに、先輩はあたしの一番になっていた。
憧れだった。
誰に頼ることも無く、いつだって凛としていて…
誰に何を言われても、必ず自力で立ち続ける姿は、あたしの憧れだった。

あたしが学校から帰る時刻には、先輩はもう家に帰っている。
夕刻、先輩の部屋の電気が点いているのが目印だった。
出会ってから半年。
先輩が音信不通になった。

隣にいるのは分かってるのに、ここまで露骨に避けられたら、会いに行くのも気が引ける。 高等部の校舎にでも乗り込めたらよかったのだろうか。
返ってこないと分かっている「おやすみ」の文字を、数メートルも離れていない彼女のもとへ飛ばす。
返ってこないと分かっているけれど…


先輩には沢山の伝説がある。
でもそのほとんどはガセで…ただ不良の先輩に気に入られただけで勝手に出回ってしまったものだと話していた。
先輩の経歴に停学がないこと…というより、先輩が退学せずにこの学校に通っていることが証拠である。
普通だったら強制退学ものだろうに…
いまだに名前の残っている先輩。
あたしの立場も、当時の巡音先輩と似通っていた。

ただ、一つ違ったのは、巡音先輩が気を付けてくれたこと。
先輩の突拍子もない伝説は増え続けても、あたしと先輩が仲が良かったことは一切校内に出回ることはなかった。
けして表に出すことのない、巡音先輩の不器用な優しさが好きだった。

先輩に可愛がってもらったのは、たったの半年。
顔を合わせなくなって一年半、先輩は大学生になった。
憧れの先輩が、憧れの学校へいく。
なんだこのシチュエーション…
そんなの…追いかけるしかないじゃないか。


先輩の優しさがあるから…今、あたしは普通の高校生をやってる。
何度も隣の部屋におしかけようとした…でも、出来なかった。
だから、こうやって普通の女子高生を満喫している。
体育館の床に座り、どの体勢が一番疲れないで、いかに自然に寝られるか…そんなことを考えながら。

司会の先生がぼそぼそと何かを話している。
次は最後だとかなんだとか…
やっと四人目…腰が痛い。

司会がまた、ぼそぼそ何かいう。
この教師の滑舌が悪いせいか、あたしの座る位置が後ろの方だからか…
多分前者だが…何を言っているか聞きとれやしない。

教師の言葉が途切れたとき、場内のざわめきに気が付いた。
まわりを見ると、先ほどまで爆睡していた男子が伸びあがって舞台を見つめている。
場内に広がる、沢山のささやき声は徐々に伝播していく。
なんだろう、この学校の卒業生に芸能人がいたとか…そんな話あったっけ…

伸びをするついでに前方を見つめる。
驚きよりも感動、感動よりも…

「…納得…」

生徒たちが騒がないわけがない。
少しおかしくなって、舞台の階段をのぼる後ろ姿を見つめる。
なるほど…

少しの驚きと、沢山の感動…そして全てを上回る喜びを持って首を伸ばす。
体育館の舞台に立つひとは……

あたしは怒ってますよ、先輩…






青と赤と…

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