誕生日プレゼントに文才をお願いしたのに、貰えなかった…


ルカメイと見せかけたルカミクのメイ→ルカ

卒業生のお話




は行はやはり、後ろのほうだろうか、そう思って見渡してみても、特徴的な翡翠色はなかなか見当たらない。
彼女の長い髪が好きだった。
切ったりしていないだろうか。
「毎年ギリギリで再考査をパスしてきた私には、学力の蓄積がなく、最初の最初から始めなくてはなりませんでした。出席日数を辛うじておさえ、授業をサボりながら必死で勉強したのを覚えています。」




どんなに返信をしなくても、テスト期間中であってもミクは毎夜メールをくれた。
迷惑じゃないですか?と控えめに聞かれたので、嬉しいと返した。
それだけなのに、彼女のほうがもっと嬉しそうな顔をしていた。

いつもなら、この時間にはもう来ているはずだ。
この時間には…

携帯を握りしめてメールを待つくらいなら、自分から送ってしまえば…
ミクなら喜んでくれそうな気がする。

それが出来れば何の問題もない…問題は…
生まれてこのかた自分からメールを送ったことがないのだ。

考えるのは苦手だ…そう思って携帯を布団の上に投げ出してから2時間。
小さな電子機器が音をたてることは一度も無かった。
短い針の先には10の文字。
中学生は補導される時間だ。
嫌な予感がした。

自分の部屋に戻っている可能性はほぼゼロに近い。
日課のように聞こえてくる物音。
おっさん…どんだけ溜まってんの…

また部屋の前でしゃがみこんでるんじゃないかと、外を見てみたが扉の前には誰もいない。
もう何度目か分からない「新着受信」のボタンを押す。
案の定、画面にあらわれた文字に舌打ちをする。
今日は、塾の講習も無いはずだ。
意を決して、親指でメール画面を開く。
今どこにいるの?はおかしいか…

アドレス帳を開いたとき、びっくりして思わず携帯を落とした。
電話…?
着信画面には初音ミクの名前。
気付いた時には、拾い上げて通話ボタンを押していた。

「…もしもしっ!?」
………

電話の向こうから聞こえてくるのは無音。
しかし、その場に誰かがいる気配はする。
嫌な予感が的中しそうな…そんな不穏な空気。

息をつめて返事を待つ。
かんかんかんかん、と工事現場の足音のような…誰かが近づいてくる。
もう一度呼びかけようと口を開いたところで、電話が切れた。

部屋着のジャージのままだとか、髪の毛を適当に上のほうで結ったままだとか、どうでもよかった。
体が勝手に部屋を飛び出していた。

玄関をでて、まず目に入ったのは、隣の初音家。
おっさんが情事中だろうが関係ない。
ノックもせずに家に上がりこむ。

「おっさん!!ミクは!?」
聞いていた年齢より若そうな、そしてミクに似て端正な顔のおじさんが女に組み敷かれていた。
本日二度目の舌うちが漏れる。

「ミクはどこにいるかって聞いてんだよ、変態が…」
もう一度聞くと上に乗っている女がひゅぅっと変な音を発した。
端正な顔のおっさんが口をぱくぱくとさせた後、小さな声で言った。

「じ、塾の…自習、室…で、す…」
三度目の舌打ちを残して初音家を後にする。

ミクの通う塾は駅前。
走る、走る、走る。
信号も何もあったもんじゃない、出来る限りのスピードで走った。
道路を渡るたびにクラクションの甲高い悲鳴が聞こえてきたが、とりあえずシカトした。

嫌な予感…めまいがするほどの嫌な予感…

進学塾の前には、これから帰りであろうと思われる学生がちらほらみうけられた。
自転車にまたがろうとしていた少年を捕まえる。
掴む場所がなかったから、胸倉をつかんで訊ねた。

「中学生ってもう帰った?」
「え、えっと…中学生はたぶん…九時半まで…です」
「ここから一番近い工事現場は?廃工場でも廃ビルでもなんでもいい」
「む、向こうのほう…左に曲がったところに、て、鉄骨むき出しのままのビル、が…」
お礼をいって、また走り出す。

ビルはすぐに見つかった。
入り口あたりに置きっぱなしの自転車。
男の子が乗るような…計五台。
迷わず中に入る。

中には埃についた足跡が散らばっていた。
足跡は階段の上につながっている。

「…くそが…」
思わず独り言が漏れた。
音が以外と響く。

なるべく足音をたてないように…アパートで鍛えたつま先がこんな時に役に立つとは思わなかった。
上がりきった先に見えたのは、見覚えのある学ラン。
数年前まで通っていた中学。
小さな声で言葉を交わす少年と…その足元に転がる少女。
手足を縛られて転がる…ミク。

お気に入りのブラウスとスカート。
ブラウスは破かれていた。

頭の中で、何かがぷつっと切れる音がした。
静かに少年たちに近づく。
とりあえず、手前にいた坊主頭を蹴飛ばした。
自分の足を見て、ローファーを履いてきてしまったことに気がついた。
埃の中にうずくまる坊主は無視。

残りの四人中三人が、私の存在に気がつく。
しかしもう一人の少年、ワックスで一生懸命立てたのであろうツンツン頭が、鼻息荒くしてミクの肩に手を掛けていた。
周りの変化にも、私の存在にも気づかない。
目隠しと猿ぐつわをされたミクを見て、少しめまいがした。

喉の奥で必死に声を出すミク。
ツンツン頭が真っ白い肌に触れ…
「させるかボケ」

全力、全体重掛けてツンツン頭を蹴り飛ばす。
嫌な音と、不気味な感触は気付かないフリ。

二人の少年が埃の中に転がる。
「私は、優しいだけで自分では何も決められない男と、女をおもちゃみたいに玩ぶ男が嫌いなの…」
ミクが黙って、少年二人のうめく声だけが響く。

「メグリネ…ルカ…だ」
声を発した少年の着ている学ランは、着古されたようにすれていた。
三年生か…

「それと…そうやって、女の子ひとり手篭めにするのに、集団にならなきゃ出来ないような卑劣な男が一番嫌い」
脳裏にちらりと浮かぶのは、健気に私を守ってくれた母親。
私の前では、絶対に弱音を吐かなかった母親。

先ほど私の名前を呟いた少年が、ガタガタと震え始める。

なにかされるとでも思っているのだろうか…
いや、するけど…
伝説グッジョブ。

この様子では、反撃される心配もない。
ガタガタ少年の胸倉を掴んで、身体検査。
目当てのものはすぐに見当たる。
学生証は、後ほど新たな伝説「男子生徒五人を退学させた事件」のもとになる。
悪いのは本人なのに…

没収した学生証をポケットに入れて、ミクの両手足の紐を解き、猿ぐつわと目隠しを外す。
「巡音先輩っ…!!」
ぎゅうっとしがみついてきたミクは、ガタガタ少年の比ではないくらい震えていた。
冷たい体を抱きしめる。
「大丈夫…もう、大丈夫だから…」

気付くとそこは、ミクの泣き声しか聞こえなくなっていた。
人間の頭を本気で蹴り飛ばしたことなど、今まで一度もなかった。
人を傷つけるというのは、やはり気持ちの良いものではない。
それでも、やはりあの少年たちが憎かった。


もう大丈夫と、少しでも熱が伝わればいい。
そう思って優しく、でも強く小さな体を抱きしめた。






第五部

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