消失ネタ三部作その2

これで迷わずルカメイルカ

ねぇSIDE:MEIKO




SIDE : MEIKO


自分の身体が毒に侵されている、その信号はちょくちょく見受けられた。
最初に気づいたのは、いつだったのだろう。

身体にガタがきていた。
若くないんだもの、あたりまえ。
そろそろかな、とは思っていた。

言いだせなかったというよりも、言いださなかった。
言いださなかったというよりも、言いだしたく、なかった。

最期まで、彼女と対等でいたかった。
憐れまれ、情けをかけられ慈しまれ…そんなのは、まっぴら御免だった。

そして何よりも…修理に出されるのが怖かった。
この家の中で誰よりも長く起動している私にとって、記憶は…思い出は命にも代えがたかった。
彼女との想い出を全てまっさらにしてまで、生き長らえたくなんてなかった。
カッコつけもいいとこ…

彼女は勘が鋭いから…
気付かれる前に別れを告げた。
好きだからこそ、傍にいてほしくなかった。

弱い姿なんて見せたくないにきまってる。

さいごのさいごまで、私は自分本位。
彼女の苦しみなんか、これっぽっちも考えていない。
私のエゴ。

都合良く、浮気だと、裏切られたと勘違いしてくれた彼女。
頬に一発お見舞いされたけど、当然の仕打ちか…
彼女を傷つけたんだから。

烈火のごとく怒っていたけど、私がいなくなったら少しは泣いてくれるかな。
寂しいって思ってくれるかな。
でも、きっと彼女の事だから、私がこんな重大事項をかくしてたなんて知ったら、頬に一発お見舞いじゃ済まないくらい、私を想って怒ってくれたでしょうね…

私がいなくなった世界には一体何が残るんだろう。
否、きっと何一つ変わらない。
私というピースが無くなったとこで、世界はやっぱり緩やかに廻っていくんだろう。
世界はそこに、存在するんだから…

私がいなくなった世界で、彼女はまた恋をするのかな。
どんな人だろう…優しい人がいいな。
彼女を大事にしてくれる人がいい。
この世界に少しの爪跡も残せなかったけど、彼女の想い出に微かにでも残っていればそれでいい。
貴女が私の為に泣いてくれれば、それだけで私は世界で一番幸せな女になれる。
自分で関係を放棄したくせに、やっぱりさいごまで自分本位。


徐々に動かなくなっていく身体。
自分の存在を確かめるように、手を握る。
強く握ってはまた開く。
それだけの運動に、身体が悲鳴をあげ、額に脂汗がつたう。

もう平衡感覚も駄目になっているのか、視界がぐるぐるとまわる。
まわりながら落ちていく。
がんがんと痛む頭に、マスターのすすり泣きが直接響く。
何度目かわからない吐き気が襲ってくるけど、胃の中にはもう、吐きだせるものが残っていなかった。

―――…ごめんなさい…修理には出してほしくないんです…
私は自分で自分に、余命の宣告をした。

その日から、私と二人きりになるたびにマスターは泣いた。
ごめんねごめんね、と…きづいてあげられなくてごめんね、と
マスターの所為じゃないことは明らかなのに、そんなマスターに私は何も言えなかった。

眩暈に耐えきれなくなって瞼を下ろすと、ふと遠くから声が聞こえた。

―――…はじめまして、メイコさん
―――…メイコさん、焼酎お好きなんですか…?
―――…もうっ!服くらい着てくださいっ!風邪ひきますよ、メイコさん
―――…メイ…コさん…手、んぁ…つないでいて……っ、ください
―――…メイコさん!デートしましょう!
―――…メイコさん
―――…メイコさん

痛みも苦しみも、全部楽になる。
マスターのすすり泣きが聞こえる。
掠れて、かつて歌い手だったとは思えない声を絞り出す。

「ねぇ、マスター……私、幸せでしたよ。ありが…とう…ご……」
ざいました。
マスターがつないでくれた手が温かい。
まるでそれが、彼女の手のような錯覚。

―――…メイコさん!
白くかすむ景色の向こうに、輝く笑顔が滲んだ。






[SIDE:MEIKO]

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