消失ネタ三部作その1

ルカメイ…うん、ルカメイ

ねぇ




「どういうことですか…」

無理やり声を絞り出した私に、彼女は冷たい言葉を投げつける。

「そのまんまよ。付き合ってる男がいるの」
「だから…!」
「しつこいわね…貴女とはもう別れるって…っ、ぃた」

ぱぁんと高く跳ねた音に自分で驚く。
叩くつもりなんて無かったのに…勝手に手が出ていた。

満足…?

それだけ言うと彼女は、私の目を見ずに部屋を出て行った。
じわりじわりと熱くなっていく目がしら。
泣きたくない泣きたくないと、心の中で何度も唱える。
今泣いたら、私が更に惨めになるだけだ。
惨めなのは、私だ。

メイコが私を捨てたことより、男に負けたことが惨めだった。
遊ばれていることにも気付かず、自分だけ本気になっていたことが惨めだった。
甘やかな日々が永遠だなんて、ひとり勝手に信じ込んでいた。

別れて赤の他人になるなら、それが一番楽だった。
良くも悪しくも、私たちは一つ屋根の下に暮らしていて、他の家族もいて。
周りに迷惑をかけるわけにもいかないから、私怨だけで行動するわけにもいかない。

彼女は、そんな私の気も知らずに、飄々と毎日を過ごす。
何事も無かったかのように”家族”として私に接する。
いつまでも子供のように、地団太を踏むのは私だけだった。

好きだったから、本当に大好きだったから尚更。

時がたてばたつほどに、一体何に対して怒っているのか、誰にその怒りを向けていいのか分からなくなっていった。
メイコはメイコで、付き合っている男がいる割に、毎日をのんべんだらりと垂れ流す。
もしかしたら、男がいるなんてただの口実で、恋人という関係が面倒くさくなっただけかもしれない。

毎晩酒を飲む習慣は相変わらず。
少し、お酒弱くなった…?
洗面所で苦しげに嘔吐する様子を、毎日のように見かけた。
自業自得…そう思っても、心が痛むのはもう慣れっこだ。

恋と呼ぶには、あまりにもピュアじゃなく…
恋愛と呼ぶには、あまりにも落ち着いていて…
それでも、愛と呼ぶにはまだ浅すぎた。

これから、二人の関係は愛に変わっていくのかなって…
この先の未来、私たちの関係はどう変化していくんだろうねって…
そんな関係だったからこそ……

きっといつか、メイコは私のところに戻ってくる。
―――…ごめんねぇ…やっぱ、ルカがいないとつまんないや って…いつもみたく、にへらって笑って…戻ってくるって…
信じてた、心のどこかで…


目の前でマスターが泣いてる。
どういうこと…?
何の冗談…?

「ハハ…さすがにそのジョークはセンスが悪いよ、マスター」
乾いたカイトの声が、リビングに響く。

随分と手の込んだドッキリだ。
そうか、最初からそのつもりだったんだ、私と別れるふりをして…それで…
それで…?それで、一体何の意味があるというの…そんな趣味の悪いドッキリ…

「め、めーちゃん、どこかに隠れてるんでしょ…あたしたちをびっくりさせようとしているだけだよね」
真っ青な顔で、ミクにしがみつきながら、震える声でリンが言う。

そうだ、家のどこかで隠れて、私たちの様子をみて笑ってるんだ。

「うそ…うそよ…そんな…そんな…っ」
冗談だ冗談だ冗談だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
嘘嘘嘘!メイコがもう、この世にいないなんて…

「そんなの!信じないわよ!いるんでしょっ、いいから出てきなさいよ!いくらメイコさんでも趣味が悪すぎますっ…どこにいるんですか、ねぇっ!ねぇっ!」
きゅっと緩く腕を掴まれる。

「メイコさんっ……ねぇってば…」
私の言葉が、宙に消えた。
子供のように、いやいやと首を振る私に、マスターは無情に呟いた。

「ごめ…ね…ルカ……」


マスターが全てを話してくれた。
ウイルスにやられていたこと。
マスターが知らされた時には、完璧な復元にはすでに手遅れだったこと。
修理を拒否したのが、メイコ本人だったこと。
今までの記憶を失くしてまで、生きていたくないとメイコが語ったこと。

そんなメイコ、知らない…
でも、そこには確かに、私の大好きなメイコがいた。

「さいごにね…幸せだったってメイコが…」
真っ赤に腫れた目を私に向けながら、マスターが言った。


非情な私は涙も出せなかった。
周りのみんなと同じように、泣くことさえできなかった。

ねぇ…私がさいごに、彼女にかけた言葉って何?
ねぇ…私がさいごに、彼女に触れたのっていつ?
ねぇ…私がさいごに、彼女の笑顔を見たのって…?
ねぇ、ねぇ、ねぇっ!

どんなに自分を責めても、どんなにメイコを責めても、望む涙は一滴も流れなかった。

二人で幸せだった日々、私は毎晩彼女の部屋で寝た。
狭いよっていいながら、メイコはけして追い出そうとはしなかった。
今、横になっている私のベッドは、広すぎて窮屈だった。

さんざん泣いた後のように、がんがんと痛む頭を抱えリビングへとむかう
のどを、潤したかった。

真夜中に明かりがついているリビング。
こんな時間まで起きているのなんて、酒飲みのメイコくらいいしかいない。
中で動く影。
そこは、メイコが酒を飲むときの定位置で…。

なんだ、やっぱりメイコがいないなんて嘘だったんじゃないか!

咄嗟に扉を開けて、中へ飛び込んだ。

「メイコさんっ!」
誰もいなかった。明かりすら、ついていなかった。
何してんだろう…私…
苦笑を一つ洩らして、台所で水を飲む。

かたん、きゅっ、こぽこぽ…っと、酒をグラスに注ぐおなじみの音。
ばっと顔をあげると、満足そうにぷはぁと煽る、メイコの姿。

メイコさん!

手をのばすと、影がゆれて消えた。
宙ぶらりんになった手をぎゅっと握りしめる。

駄目だ…シャワーでも浴びて、頭を冷やした方がいい。

まただ…。
聞こえてくるのは水の音。
「メイ…コさん?」
扉をあけると、裸のままでがしがしと髪をふくメイコの姿。
なんだ、そこにいたんですね。
はやく、服着ないと風邪…ひき、ま…

近づけば消える。
残っているのは、もう使われることのないであろう赤い色の歯ブラシ。

白い洗面台に手を置くと、ひんやりと冷たかった。
末端に集まった温度が、陶器の冷たさに落ち着いていく。

毎日、毎晩、メイコはここで吐いていた
酔っていたからじゃなかった。
具合、悪かったんだ…

男と付き合ってるなんて、それも嘘。
同時に二人と付き合うなんて、そんな器用な真似メイコに出来るはずがないもの。
私に気づかれたくなかったんでしょ…

“別れたのは、私がいなくなっても寂しくないための予行演習”
メイコからしてみれば、そんなもんだったのかもしれない。
声が聞こえる気がした。

どこまでも、カッコつけやがって…


たまらなくなって駆け出す。
家族を起そうが構わない。
何も考えずに、メイコの部屋にかけこんだ。
ほら、いた。
酒瓶片手に、一杯やる?っていつもの表情で…

「メ…コ、さん…っ!」
夢中でその胸に飛び込んで、また消えて…
見渡してもそこは、メイコがいた時となんら変わりなくて、モノの配置も、洗濯物の山も、匂いも、雰囲気も…メイコがいないなんて信じられなくて…

でも、メイコはいない。
いない…いない、いないいないいないっ…!
メイコが…どこにもいない…

ベッドの上でほほ笑むメイコ。
だらしなく胡坐をかいて、横おいでと隣をぽんぽん叩く。
分かってる、近づけば幻想は消える。
でも、手をのばさずにはいられない。
会いたい、触れたい…抱きしめてほしかった。

メイコのいないベッドに、そっと腰掛ける。
きっと、マスターがやったんだろう。
あのメイコが、こんなに綺麗にベッドメイクするわけがない。


なんであのとき、叩いたりしたんだろう…
なんであのとき、ごめんなさいっていえなかったんだろう…
なんであのとき、きづいてあげられなかったんだろう…
なんであのとき、介抱してあげなかったんだろう…

なんでもっと、そばにいてあげられなかったんだろう…
なんでもっと、ありがとうって言えなかったんだろう…
なんでもっと…なんでもっと、大好きって言えなかったんだろう…

もっともっともっと、想いを伝えたかった…愛してるって伝えたかったのに…


はたはたと、手の甲に涙が落ちる。
斜面をつたって、その雫はシーツにしみ込んだ。
どうしようもなくなってから、私は全てを悟る。
今更だ…
私には、貴女が必要なんだよ、なんて…

真っ白なシーツを抱きしめて、私は声をあげて泣いた。






[SIDE:MEIKO]

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