片思いおいしいです


リン→ルカ→ミク→リン

Everyone can master a grief but he that has it.




[Pert.Luka]

新しい世界に踏み込んだとき、私を出迎えてくれたのは笑顔だった。
私が来てくれてうれしいと言ってくれた。

雨が降っていた。
じめじめと、見ているだけで気が滅入るような、そんな雨だった。

うまく声が出ないのは私の所為だ。
うまく歌が歌えないのは私が原因だ。

マスターが怒るのは、私が駄目だからだ。

楽譜に涙が滲むのも構わず、私は雨を眺めながら泣いた。
私の涙も、この雨みたいにじめじめで気分が悪い。

しゃっくりはびっくりすると止まるらしい。
私の涙も、びっくりすると止まるらしい。

すとん、と私の隣に腰を下ろした緑の先輩。
私の隣に座ったのに、私の事は一切見ない。

藍色の大きな瞳は、窓に映る、涙で濡れた私を見つめていた。

ガラスを通して見つめあう。
間接的に見たその瞳は、私に何を語りかけているのか分からなかった。
でも…その瞳がすごく優しい色をしている事だけは分かった。

いつまでそうしていたのだろう。
すごく長い時間だった気がする。
もしかしたら、驚くほど短い時間だったかもしれない。

先に目をそらしたのはミクだった。
窓の外を見つめながら、ゆっくりとミクが口を開く。

「マスターは…マスターが怒るのは、ルカに期待しているからだと思うよ。本当に駄目だったら、きっと何も言わない。」
少し首をかしげながら、彼女が私を見た。
隣に腰をおろしてから、はじめて直接私を見た。
「マスターが怒ってるのは、きっと全てを楽譜から読み取ろうとしてるから。マスター、ああいうきつい言い方しかできないけど…きっと、ルカにルカの歌い方をしてほしいんだと思うよ。」

あの人はそういう人だから…と言ってまた外を見た。

それから静かに立ち上がって、私の頭に手を置いた。
「晴れたら、おいしいケーキ屋さんに連れて行ってあげる」

頭に置いた手で髪をくしゃっと撫でると、にっと笑ってそのまま去って行った。
なにも…言えなかった。

約束どおり、次の日ミクはケーキ屋さんに連れて行ってくれた。
ケーキが特別好きというわけでもなかったが、程よい甘さがしみていくようでおいしかった。
何より、甘さと一緒に彼女の優しさを感じて嬉しかった。

その日から、私の気が滅入っていると感じると、彼女は必ずどこかへ連れ出してくれた。
特別なことは何も言わない。ただ…

「明日晴れたらお出かけしよう」
ただ一言、それだけ残して。


素敵な、とても素敵な恋の歌だった。
私なんかにはもったないくらい。

隣にいるリンが声をはる。
彼女の声はよく伸びる。
心がこもっていて、とても素敵だった。
彼女の声に、この歌はよく似合う。

懐かれている自覚はある。
実際に、この歌のパートナーとして指名してくれたくらいだ。
でも、私にはこんな素敵な歌は似合わない。

もし…もし、できることなら…

ガラス窓の向こう側に、突然ひょっこりと現れた翡翠色。
ちゃめっけたっぷりに、私たちに笑いかける。
マスターに気づかれたら、怒られるのは当人のミクだ。
隣のリンも気づいているはずなのに、歌声にブレがない。
慣れているのだろうか…

ミクとすごした時間は、私よりリンのほうが圧倒的に長い。
私の知らない彼女の一面を、リンは知っているのだろうと思うと少し寂しかった。
そして、悔しかった。
悔しい…?
私はいったい、何に嫉妬しているのだろう。

「ふぁ、い、と」と口だけでミクが言う。

嫉妬というフレーズが、見事に歌詞と一致した。
嫉妬なんて…醜い感情のようだけど、好きなのだから仕方がない…自分の意図でどこう出来るものではないのだから。
好きなのだから…

出来ることなら、ミクと歌ってみたかったなんて…思ってはいけないことだろうか…

過ごしてきた時間は、もう変えられるものではない。
心のどこかで、こうなったら開き直ってしまえと言われているような気がした。
過ごしてきた時間はどうにも出来ないけれど、それだったら今から過ごす時間を変えていけばいい。


私に出来ることなんて限られているけれど、彼女の笑顔が見たいから。
これからの時間を、彼女とすごしていきたいから…

それならば、私の歌声を、想いをミクに届けるまでだ。
最後に見せたとびきりの笑顔に届くように、私は声を伸ばした。






[Pert.Miku]

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