THE☆三つ巴


リン→ルカ→ミク→リン

Everyone can master a grief but he that has it.




[Pert.Rin]

一目ぼれなんだと思う。
初めて目があったときに、私は一瞬にして彼女の瞳に引きこまれた。
歌でよく聞く、恋に落ちる音…
あの時、私は恋に落ちる音を聞いた。

マスターが少し前からデュエット曲の制作に取り組んでいるのは知っていた。
というか、私がけしかけた。

「今までにやったことないことやろうよ!」とか
「私とルカちゃんって、絶対声の相性いいと思うんだよね!」とか
「このままじゃマンネリ化がすすむよ!」とか

どうしても一緒に歌いたかった。
ルカ本人の気持ちなんてお構いなしに、全ての計画を一人で進めた。

今日がその成果の日。
マスターから渡された楽譜に綴られていたのは、とてもきれいな恋の歌だった。

ルカに会うまで、私は本当の恋なんて知らないまま恋の歌を歌ってきた。
誰かを想うだけでこんなにも心が苦しくなることも、誰かを想うだけで涙が出そうなほど喜びに震えることも、なにも知らなかった。

何より、恋がこんなに素敵なものだなんて知らなかった。

隣で静かに譜読みをするルカ。
盗みみた横顔は真剣そのもので…。
どうしようないほど、好きだと思った。
自分で望んで、作ってもらった曲なのに…
内容が一切、頭の中に入ってこない。

私の視線に気づいたのか、ルカがこちらをゆっくりと振り返る。
目をそらす暇もなかった。
いや…揺れるきれいな桃色に目を取られて動くことができなかった。
目が合うと彼女は、ふわりとほほ笑んだ。

「どうかした?」
私の顔に何かついてる?と首をかしげる。
「う、ううん…なんでもない…」

慌てて、顔を隠すように楽譜に視線を戻す。
きっと、今の私は世界一間抜けな顔をしているに違いない。
さりげなく触れた自分の耳の温度が、リアルでいやだった。


リラックスリラックスと、マスターが私の頭をぽんぽんする。
リボンがゆがむからやめてほしい。

こんなに緊張しているレコーディングは初めてだった。
何度も何度も、掌の汗をシャツでぬぐう。
声が裏返りそうで怖い。
ルカに迷惑をかけるかもと思うともっと怖い。

隣のルカを見ると、目を閉じて集中していた。

大丈夫…大丈夫…
出だしは順調。
完璧とまでいかなくても、私のパートは歌い終わる。

鋭いブレスの後から、なぞるようにルカの歌声が聞こえる。
思わず隣を見る。
彼女の歌い方はこんな歌い方だっただろうか。

そう、まさになぞるような…

彼女はもっと、感情豊かな歌い方をしたはずだ。
これでは本当に、楽譜をなぞっているだけだ。
ルカの表情は読めない。

本当は嫌だったのかもしれない。
マスターに頼み込んだとき、彼女の気持ちは聞かなかった。
いつも優しく微笑んでくれるから…
大したことじゃ怒んないだろう、許してくれるだろうだなんて…

間奏のベースが低く響く。

レコーディング室の外、緑の影がゆれた。
ガラス窓の向こう側にミクの顔がひょっこりと覗く。
私たちの姿を確認すると、彼女はにっと笑った。

レコーディングを邪魔するとマスターは怒る。
多分それを承知で来ているのだろう。

マスターはミクに背を向けているから、私たちが反応しなければ気付かないはずだ。
私は表情変えずに歌い続ける。
私のパートが終わる直前、ミクが口パクで「ふぁ、い、と」といった。
マスターが私から目をそらしたすきに、ウィンクを一つと同じく口パクで「あ、り、が、と」とかえす。

もう一度、顔中を笑みにしてにぃっと笑うと彼女はそのままひょこひょこと帰って行った。
何の意図があったのかはよくわからないが、おおかた「楽しそうだった」とでもいう感じだろう。
ミクはそういう子だ。

ミクに気を取られて気付かなかった。
なんだろう、先ほどと全く違う歌ではないか。
歌い手の歌い方だけで、曲の印象はこうも変わるものだろうか。

譜線をなぞるだけではない、その歌には感情があった。
恋をする少女の歌。
感情をこめて歌うには、きっと恋を知らなければできないはずだ。

ここまで、声が伸ばせるのに何故はじめから同じように歌わない?
何故あんな、譜を辿るだけの歌い方をするのだ。

私なら、想い人を胸に描いて歌う。
私なら、ルカを想って……ルカを…

何が違った?
はじめと今と…何が違った?

感情をこめて歌うならば、想い人を思い描きなら歌うのが一番だ。
私がそうなら、彼女だって同じではないのか…
何が違った?

ミクだ…ミクがいた。

ルカの視線の先にはミクがいた。

私では駄目だったのだ。
そんな予感はしていた。
あのほほ笑みが向かう先が私ではないことなど、本当はとっくに気付いていた。
だから…だから、こんなに必死でマスターに頼み込んだのだ。

少しでいいから、私のほうを見てほしかった。

私の好きなった人が、私を好きになってくれればいい。
それだけの話なのに…
どうして、こうもうまくいかないのだろう。
どうしてこんなに苦しいんだろう。

どうして…どうして、私が好きなのはルカなんだろう
ルカが好きなのは…ミクなんだろう


集中できなくてごめんなさい、という彼女の声を私はどこか遠くのほうできいた。






[Pert.Luka]

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